卒業生の声

 

人との出会いへ向かうグローバリゼーション

浦喜孝神父に語っていただきました
浦神父は1996.3に神学部を卒業、1998.3に大学院を修了[修士]し
現在は東チモール、ディリーにある聖イグナチオ・デ・ロヨラ中学高等学校で教壇に立っています

Q 現在のお仕事のこと、この仕事についたきっかけを教えてください。
A 東ティモールの聖イグナチオ・デ・ロヨラ中学高等学校と聖ジョアン・デ・ブリトー教育大学を新設することを目的としたプロジェクトチームに加わるために、上智大学の設立母体でもあるカトリック・イエズス会日本管区から2012年に派遣され、現在に至っています。中学高等学校で教鞭を執りながら教頭事務長として働いており、教育大学でも教えています。私は力トリック教会の司祭でもあるので、学校に隣接する修道院の院長も務めていて、海辺や山間に散在する教会でミサなどの司牧にも携わっています。

かつて私は、上智福岡中学高等学校で教員として働いていましたが、2009年に開催された東アジア・オセアニア地区のイエズス会学校の会議が東ティモールへ赴任するきっかけとなりました。その時の議題が「いかに協力して2002年に独立した東ティモールに新しい学校を設立するか」というものだったからです。

Q 仕事や生活をするうえで、上智での学びが影響を与えたことはどんなことでしょうか?
A 司祭であるがゆえに宣教地で働きたいという思いはかねてからありました。私は、哲学と神学を上智で学んだ後、1997年に聖イグナチオ教会で司祭に叙階されました。まだ多くの宣教師の神父さん方が教授陣として大学で教えていらっしゃいましたし、神学校では彼ら哲学教授や神学教授と寝食を共にしていました。そこで感じていたのは、私たちを決して軽視することなく彼らが持っている宝物を惜しみなく分け与えてくださっていたことです。それは義務感からではなく、そういう生活を楽しみ満足していらっしゃいました。何か疑問があれば、居室をノックして議論ができたそんな時代です。神学生時代にフィリピンなどへ出かけ、同地のイエズス会修道院で日本と同じように生活し友人も得ることができると知ったそのような経験は、地球のどこででも生活することができるのではないかとの思いを私に抱かせました。

Q 次世代に向けて、メッセージをお願いします。
A 上智大学がモットーとしている「キリスト教ヒューマニズム」は、諸学科習得のヒューマニティー・スタディーズをキリスト教的価値観で方向付けようとするものだと私は解しています。そうだとすれば、上智大生が身につけた知識はパワーゲームを伴う政治・経済的なグローバリズムの世界でだけ役立つものとは一線を画する、ヒューマンなグローバリゼーションのための知識のことを指すのではないでしょうか。そのような知識は、民族と国境の壁、社会階層間の隔たり、そして差別を乗り越え和解を育み、他者と自分の尊厳を高める生ぎ方に導くことができます。それは、政治的・経済的に強い先進国の国民であるという装束を解いて、裸の人間として他者と出会うことを意味します。上智大学の中で宣教師の方々を目にすることはめっきり減ってきましたが、その代り世界各国の一先進国からだけではない、開発途上国からの一多くの留学生に出会うことができます。その意味で、上智大生は「今どきの、ヒューマンな国際性」を身につけることができていると思います。

                   (上智大学ダイバーシティー推進室発行 『ロールモデル集 8』より抜粋)