学生の声

神学部生に 学部の魅力を語ってもらいました。。。。

Voice of 上智(2017年度3年次生女子 Y・M)

キリスト教に基づく揺るぎない価値観を身につけることは、他者との関わりを紡ぐ強力な手掛かりになります
知識を知恵として自分の人生や他者とのつながりの中に昇華できる、その環境が上智には整っています


高校生だった私への手紙(2017年度4年次男子 I・T)

高校3年生の夏の私へ 心の中に「神学部に行きたい」という思いを持ちつつも、自分に自身が持てず、志望校を変えようかとまで悩んでいた時期でしたね。猛勉強していた夏の間も、その気持ちから逃れることができず、勉強が手に付かないときもありました。
しかし、今なら言えます。あなたの今の心配事、神学なんて学問が果たして自分にできるのだろうか、大学で上手くやれるだろうか…。それらはすべて杞憂です。何も心配することはありません。神学部は自分のことについても、あなたの求めることに応え、サポートしてくれるような暖かい場所です。だから、心配しないで勉強に励んでください。周りの声や自分に打ち勝った先には、先生方の親身かつ真剣な授業、多くの仲間と勉学のことも個人的なことも分かち合える会話など、あなたが想像しているよりははるかに手ごたえのある学生生活が、あなたをまっています。
(2018年度大学案内より)


いま勉強していること(2016年度4年次男子 I・Y)

こころにすき間をを感じる現代人が多く、宗教への関心が高まる現在。グローバルな時代になり、相手の宗教的背景を知ることも求められるが、情報に惑わされず実際に信仰者と触れ合うことが相互理解に繋がる。人間の特色でもある宗教をこれからも見つめていきたい。
(2017年度大学案内より)


高校生だった私への手紙(2016年度4年次女子 A・M)

どこに行き、何をすべきなのか、勉強が手につかなくなるほど、自問自答を繰り返している私へ。
上智大学神学部に進学した私は今、とても幸せです。受験前は先生や家族、友人の声に翻弄されることもあるでしょう。でもその苦悩の先には、胸を張って自分の居場所だと言える、とても素敵な環境で大学生活を送る自分が待っています。
中高6年間をミッションスクールで過ごしたものの、カトリック信者ではない私は、大きな不安を抱えて神学部での日々をスタートさせました。しかし、いざ飛び込んだ学び舎には、そんな不安をあっさりとぬぐってくれるたくさんの仲間と先生方がいらっしゃいました。少人数の学部ならではの温かい雰囲気に迎えられ、自分でも驚くような速さで新しい環境に馴染むことができました。神学部での出会いの数々はとても刺激的で、私にとって一生の宝物になるでしょう。
今は周囲の期待や受験勉強に追い込まれて苦しいかもしれません。でも、自分にはそれを乗り越えられる強さがあることを信じて、最後まで頑張ってください。
(2017年度大学案内より)


神学部でこんなことを学んでいます(2015年度4年次女子 S・T)

神学は私の内面を磨きこころの支えになっている。
今は神学の観点から社会問題(紛争問題、難民問題など)や倫理問題(憲法9条、iPS細胞など)を学んでいます。
(2016年度大学案内より)


高校生だった私への手紙(2015年度3年次男子 I・Y)

受験生活の不安のなかで、生きることの不安と向き合い苦しんでいる君へ。現代文の過去問を解いているとき、「死後の虚無」を扱った評論にぶつかり、自分と重ね合わせて思い詰めたあまり、涙で目がいっぱいになり解答できなくなったあのころの君へ。
神学部に入学して僕は、「生きる意味」を問わずにはいられずにいることに関して、孤独ではなくなりました。
今僕は、聖書、教父や哲学・神学者の思想、キリスト教文学などを夢中で学んでいますが、神学部での学びは「人間にとって、生きる意味は何か」、「善く(神の御心に適って)生きるために人間はどうするべきか」を問い、今も生き生きと語りかけてくる偉大な思想家の遺産との対話なのだと気付かされました。また休み時間には講義で消化しつくせなかったことを論じあい、食事をしながら今没頭していることや自身の信仰について互いに心から語りあえる友人たちに神学部で出会えたことを本当に幸せだと思っています。
(2016年度大学案内より)


18才のわたしへ(2014年卒業女子 C・Y)

聖書を原語で読みたい、殉教者の強さの根底を知りたい、キリスト教の儀式を学びたい、だから神学部に行きたい。
勉強がそんなに好きではなかった私が、初めて本気で勉強したいと思ったことを、18才の時に抱いた夢を4年間かけて実現させ、今ではさらに詳しく、そして新たな分野についても勉強したいと思うようになりました。
先生と学生、そして先輩後輩関係なく学生同士の繋がりが強いこと、これが神学部のいいところ。
また、それ以外でもサークル活動や学生が主催する海外巡礼ツアーに参加して仲間の輪を広げたり‥‥。
自分が「やりたい」と思ったことに何でも挑戦できるのが上智のいいところ。
7号館の白い壁に書かれた「上智大学」という文字を見て、絶対にここに通うぞ!と強く思った日。
そう思っていても本当に神学部でいいのかなと迷った日。
合格できるのかなと不安になった日。
壁にぶつかって、たくさん悩んだりする日もあったけれど、どんな時でも「自分は何をしたいか」ということを一番に考えること、「私はそれを実現できる」と信じることを忘れないでね。
(2015年度大学案内より)


なぜ、神学科を選んだのですか?  いま、なにを学んでいますか?(2013年のアンケート)

● 文学を通してキリスト教に関心を持った。(1年 女子)
● 人間にとっての一番たいせつな価値についてじっくり考えてみたいと思った。(1年 女子)
● 世界宗教であるキリスト教を学ぶことで、平和や和解についての理解を深め、外国の人々と交流するための視野を広げたかった。(2年 男子)
● 歴史や人文学に関心があり、さらに現代文明の背景、背骨としてのキリスト教や聖書・教会の言語についてしっかり研究したいと考えた。(3年 男子)
(2014年度大学案内より)


先生方と深い交流が支える学びの環境(2011年度3年次生女子 K.A)

もともとカトリックの中高一貫校に通っていました。自分の根本を支えるものについてより深く学びたい。そう考えて選んだのが、日本で唯一カトリック神学部のある上智大学です。
1学部1学科の神学部は、学生の数は多くありません。そのぶん先生方は学生一人ひとりときちんと向き合ってくださるので、きめ細かな指導を受けることができます講義も少人数の場合が多く、質問しやすいことも特徴。さらに1年生合宿やバーベキュー大会など神学部だけの行事もあり、交流が深まります。
カリキュラムは、まず神学の基礎を踏まえた上でそれぞれが興味をもつ分野へと学びを広げていきます。その過程で関心が低かった領域にも触れ、新たな発見がありました。神学は一見、日常生活とは関係のない学問だと思われがちです。しかし上智の教育精神である「他者のために、他者とともに生きる」の実践は社会に必要なもの。そのことを、たくさんの人に伝えていきたいと思っています。
(2013年度大学案内より)


キリスト教の精神をいかに実践するかを体感できた(2010年度3年次生女子 S.M)

「ボランティア演習」という授業で、外国人労働者の子どもたちのための教育支援施設に行き、仕事をしました。日本語を教えるなど、子どもと向き合う中で、困っている人を手助けするキリスト教精神の"実践"とはどういうことかを学べたように思います。
また、神父様が企画される巡礼旅行に参加できたことも神学科での貴重な経験。イスラエルやローマ、アッシジなどへの巡礼は、キリスト教について深く考える機会を与えてくれたのと同時に、仲間との人間的なつながりも強めてくれました。
将来は、人のために尽くすことの美しさをしっかりと具現化できるような仕事に就きたいと考えています。
(2012年度大学案内より)


「他者のために」の精神で、常に相手を思いやる人を目指す(2009年度神学科3年・女子 F・M)

神学部には、ボランティア先を自分で見つけ実際に参加する「ボランティア演習」という授業があります。私は路上生活者など生活困窮者の方々に、週に一度、食事を提供するボランティアに参加しました。800人を超える人たちが配給場所に集まる現状を目の当たりにし、ただ知識を勉強するだけではなく、行動に移すことがいかに大切かを学びました。そして、もう一つ学んだのが「他者のために」という精神。将来、一般企業への就職を考えていますが、社会に出れば、宗教も背景も異なる人々に出会います。そのなかで、この精神を生かし、常に相手を思いやれる、社会貢献のできる人間になりたいと考えています。
(2011年度大学案内より)


キリスト教の精神を日々、身近に感じる大学です(2008年度神学科3年・女子 I・E)

学校の先生になるのは幼い頃からの夢でしたが、特に宗教科の教員を志したのは中学・高校とミッションスクールに通い、キリスト教に興味を抱いたから。ここは国内唯一のカトリック系神学部で、キリスト教そのものをより深く学べると思ったのが大きな志望理由です。実際、中学・高校の「宗教」の授業で聞いた聖書の話などを専門的に学べることは私にとって大きな刺激ですし、今はとても満たされた大学生活を送っています。また、他学部より少人数で、先生が学生一人ひとりを深く理解し、強い信頼関係で結ばれている点も神学部の魅力ですね。
上智大学はさまざまな分野で最先端の学問に触れられると同時に、あらゆる場面で「他者のために他者とともに生きる」というキリスト教の精神を身近に感じ、考え、体験できる大学。私自身、その精神を感受性豊かな十代の生徒たちに伝えられる教員を目指そうと思っています。
(2010年度大学案内より)